目次
観察の基本(毎回):視診・スリル・音・止血時間
視診:遠目→近目で「形・皮膚・腫れ」を見ます
- 形
・どう見るか:腕全体を眺め、血管走行がまっすぐか、過度に蛇行していないかを見ます。次に、シャント肢を心臓より少し高く持ち上げる挙上テストを行い、静脈が自然にしぼむかを確認します。
・なぜ大事か:穿刺前なのに血管がしぼんで見える虚脱や、挙上してもしぼまない所見は、流出路(静脈側)の狭窄で血が抜けにくいサインです。
・次の一手:医師・臨床工学技士に報告し、超音波で血流量(FV)と狭窄の有無を確認します。 - 皮膚
・どう見るか:発赤・びらん・滲出・皮膚の薄さ(テカり)を見ます。指背でそっと触れて熱感も確認します。
・なぜ大事か:皮膚のただれや滲出は感染の入口です。人工血管(AVG)は感染が血流感染へ広がりやすく、進行が速いです。
・次の一手:該当部への穿刺は避ける、写真記録、必要に応じて培養を準備します。発熱や疼痛の増悪など全身所見があれば、早期に抗菌薬・外科的対応(抜去を含む)も視野に医師へ報告します。 - 腫れ
・どう見るか:左右差を比べ、腕全体がむくむのか(袖口や時計の跡が強い)、手背〜指だけがむくむのかを見分けます。
・なぜ大事か:肩〜上腕までのびまん性腫脹は中枢側(鎖骨下〜腕頭)狭窄のことが多く、手背〜指のむくみは前腕レベルの狭窄で出やすいです。これは静脈高血圧のサインで、止血時間の延長や静脈圧上昇を伴うことがあります。
・次の一手:早めに超音波で狭窄部位を当たり、必要に応じて造影で上流(中枢側)までの全体像を確認します。 - 瘤
・どう見るか:瘤の大きさ(長径×短径)を定期的に測り、増え方を追います。皮膚が薄くテカる/赤み・びらん/滲出があれば注意します。
・なぜ大事か:急速に大きくなる、皮膚が薄い、びらん・潰瘍を伴う瘤は破裂リスクが高いです。感染が重なるとさらに危険です。
・次の一手:該当部への穿刺は禁止とし、強い圧迫は避けます。医師・臨床工学技士へ至急報告し、超音波で皮膚と前壁の距離、瘤の内部血栓、前後の狭窄を評価します。外科・IVRでの処置(血流抑制や再建)を検討します。
触診(スリル):新人向けの手順と判断のコツ
- どう触るか(ステップ)
①手指衛生→清潔手袋。②指腹で末梢→中枢へゆっくり。③軽い圧→少し強めの圧と段階を踏み、スリルの連続性・強さ・途切れを比べます。④吻合直後・分岐部・穿刺区間は丁寧に。 - 正常の感触(言い換え)
細かい振動が「ジリジリ/ザワザワ」と途切れずに前腕の広い範囲で触れます(これを連続性のスリルと呼びます)。 - 異常のめやす
・途中でスリルが弱くなる/消える、一点だけ強い拍動や硬さが目立つ → 局所狭窄や血栓を疑います。
・圧痛や板状硬結は炎症・血栓の可能性があります。 - 次の一手(報告例)
例:「前回は前腕全長で連続スリルあり → 今日は手首から10cmで途絶、吻合直後に強い拍動と圧痛。穿刺は上流へ回避希望」。必要に応じて超音波評価を手配します。
聴診(シャント音):高調化・範囲短縮に敏感になります
- 正常は低音の連続性雑音です。高調化や聴取範囲の短縮は狭窄のサインです。音の大幅な減弱・消失は閉塞を疑います。
止血時間:測り方・判断・対処を明確にします
- 止血時間とは:抜針直後からガーゼ無滲出になるまでの時間です。毎回、実測します。
- 測り方:①抗凝固薬投与時刻・残量/血圧/針径・穿刺深さを事前確認→②抜針と同時に穿刺孔直上を面で圧迫し計時→③5分ごとに滲出・腫れ・血腫を確認→④完全に乾いた時刻と圧迫方法を記録します。
- 異常のめやす:明らかな延長、再出血や血腫を繰り返す、同日に静脈圧高め/スリル低下/高調音が並ぶ → 流出路狭窄・静脈高血圧をまず疑います。
- 対処:圧迫位置・向きの見直し→圧迫具の調整→改善しなければ超音波で狭窄・深さ確認→血腫ありは冷却、次回は同部位穿刺を避けます。
機器の数値で状態を確認します:静脈圧・再循環・血液流量(QB)
静脈圧(装置の静脈側圧)の見方
- 目安:平時から+50mmHgの持続的上昇、または常時150mmHg以上は精査を考えます(止血時間延長が併発しやすいです)。
- 注意:数値は機種・回路・針径・QBで変わります。高流量や太針では針抵抗の寄与が大きく、静脈圧だけで狭窄と決めません。必ず視触聴・止血時間・QB・再循環と合わせて評価します。
再循環(Recirculation)
- 定義:返血された浄化された血液が、再び脱血側に吸い込まれて回路内を行き来する現象です。Kt/Vが伸びにくくなります。
- よくある原因:針間距離不足(目安5〜7cm以上)、針向き不適合、流出路狭窄によるアクセス血流不足、吸引圧が強すぎる設定などです。
- 閾値(測定法で異なります):
・尿素法:10%超で要精査。
・非尿素法(超音波希釈など):5%超で要精査。 - 対応の流れ:①針位置・向き修正→②改善乏しければ再循環測定→③エコーでFVと狭窄評価→④必要に応じて造影・治療を検討します。
超音波(シャントエコー):FVとRIを使い分けます
- Flow Volume(FV)=血流量:多くは上腕動脈で測ります。
・読み方:500mL/分以下は要注意、350mL/分以下ではQB200mL/分の確保が難しくなりやすいです。
・意味:通る量が足りているかの指標で、低いほど脱血不安定・静脈圧上昇・再循環と関連します。 - Resistance Index(RI)=血流抵抗の比:(収縮期最高速度 − 拡張期終末速度)/収縮期最高速度。
・読み方:0.6以上で高度狭窄・閉塞を疑います。
・意味:先が詰まっていないかを見る指標です。 - 落とし穴(分岐逃走路):側枝に血流が逃げると、FVは見かけ上保たれても、穿刺ルートは狭窄ということがあります。Bモードで走行・側枝・瘤を確認し、カラードプラでジェット(エイリアシング)の有無を見ます。できれば複数回測定の平均で記録します。
造影(必要時):病変の全体像を一度で掴みます
- 鎖骨下〜中心静脈まで全体像を短時間で把握できます。自然流入を正確に見るには吻合部より中枢の動脈アプローチが確実です。
- ヨード造影が難しい場合はCO2造影も選択肢です(リスク管理と投与量の管理が必要です)。
よくある病態と「看護の動き」
狭窄・閉塞が疑わしいとき
- スリル途絶・高調音・止血時間延長・静脈圧高値・QB不良・再循環上昇のいずれかが出たら、その場で医師・臨床工学技士に報告して超音波評価を手配します。
- 狭窄率50%以上かつ臨床的異常がある場合は、血管内治療(IVR:血管内治療)や外科治療の適応を検討します。
感染(局所/全身)
- 局所の発赤・熱感・疼痛・排膿があれば穿刺は避けます。全身炎症があれば抗菌薬の早期開始、AVGは早期の外科対応(抜去含む)を検討します。
静脈高血圧
- 上肢全体の腫脹・皮膚光沢・手背浮腫・止血困難は中枢側狭窄を示唆します。VA外来に速やかに相談し、必要に応じて造影で中枢静脈まで評価します。
スチール症候群(盗血)
- 冷感・蒼白・運動時痛 → 進行で安静時痛・潰瘍・壊死。DBI(指–上腕血圧比:digital-brachial index)が0.6未満なら強く疑います。Stage III–IVは外科的再建や血流抑制の早期検討をします。
過剰血流(高拍出性心不全を含む)
- 心臓が1分間に全身へ送る血液(心拍出量:CO)のうち、シャントに流れる割合Qa/COが30〜35%に達すると心負荷が増えやすくなります。
例)CO 5L/分でQa 1.8L/分 → 36%です。息切れや浮腫があれば心エコー・NT-proBNPと合わせて評価し、血流抑制や再建を検討します。
術後〜維持期:穿刺と衛生の基本です
- 穿刺部位のローテーションで負担分散。同一部位反復は瘤・狭窄・止血困難の原因になります。
- 深さ5mm以上は穿刺難度が上がるため、超音波で深さと走行を確認して計画します。
- 患者さんは前洗浄、スタッフは手洗い・手袋・十分な消毒を徹底します。術後は血腫形成を避けます。
まとめ
- 毎回の視診・触診(スリル)・聴診(シャント音)・止血で「いつもと違う」を拾います。
- 静脈圧・再循環・QBなどの数値と超音波(FV/RI)で状況を確認し、必要に応じて造影・血管内治療(IVR)へ進みます。
- ガイドライン参照リンク:JSDT 2011 / KDOQI 2019
参考文献
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