血性腹水とは|原因(HCC破裂・婦人科・膵性ほか)・鑑別・対応をやさしく解説【早見表付き】

最初に結論
  1. 赤い腹水=出血の可能性をまず疑う。肝疾患の方はHCC(肝細胞癌:hepatocellular carcinoma)破裂を最優先で除外。
  2. 初動は順番に:①バイタル→②エコー(POCUS)→③造影CT→④腹水穿刺(検体を十分量提出)。
  3. 腹水の読み方の軸:SBP(自発性細菌性腹膜炎:spontaneous bacterial peritonitis)はPMN(好中球数:polymorphonuclear leukocytes)≥250/μLで疑い、血性ならPMNをRBC/250で補正。
  4. 婦人科の見落とし注意:β-hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)陽性=妊娠反応あり→異所性妊娠の緊急性評価。
  5. 腹水穿刺の安全性:エコーガイドなら重い出血はまれと報告あり。必要以上の輸血製剤は原則不要。

目次

血性腹水の原因(やさしい総まとめ)

「血性腹水(hemorrhagic ascites)」=腹水に血液が混ざって赤く見える状態。原因は次の7グループに分けて考えると、初動がスムーズです。

カテゴリー 典型シナリオ キーワード検査・画像 初動(まずやること)
肝由来(HCC破裂) 肝疾患の既往+急な腹痛・ふらつき CTで血腫/extravasation ルート2本・交差・IVR(血管内治療:interventional radiology)TAE/TACE準備
腫瘍性(悪性腹膜炎など) がん既往/短期間で再貯留 細胞診は量多め(100–200 mL) 疼痛緩和+腫瘍科へ連絡
婦人科(異所性妊娠・黄体嚢胞・子宮内膜症) 妊娠可能年齢/片側痛/周期と関連 β-hCG陽性=妊娠反応/経膣エコー 産婦人科へ迅速コール、搬送準備
膵性(膵管瘻・偽嚢胞破綻) 膵炎既往/上腹部痛・背部痛 腹水アミラーゼ>1,000 U/L 禁食・ドレナージ・内視鏡相談
外科的(虚血・穿孔・術後出血) 激しい腹痛・板状硬・発熱 造影CTで血流障害/遊離ガス 外科へコール、搬送・準備
外傷・医原性(手技関連) 穿刺・生検・術後直後 ドレーン色量・Hb推移 画像で出血評価、主治医連絡
PD(腹膜透析) 排液がピンク〜赤/周期で変動 月経・内膜症の関与を確認 安静・経過観察、再発は婦人科相談
参考文献
Urrunaga NH(血性腹水の総説)・Dig Dis Sci, 2013
Ikegami T(悪性腹水)・Ann Palliat Med, 2024/Pandraklakis A(婦人科由来)・Medicina, 2022
Bathobakae L(膵性腹水)・Clin J Gastroenterol, 2025/Huang LL(鑑別の基礎)・World J Gastroenterol, 2014

肝硬変と血性腹水について

  • 腹水の原因として最も多いのは肝硬変ですが、通常の肝硬変による腹水は、血性ではなく透明な黄色(淡黄色)です。
  • もし肝硬変の患者さんで腹水が血性であった場合は、肝細胞がんの合併や破裂を強く疑う必要があります。
  • また、腹水を抜く処置(腹水穿刺)の際に、誤って血管を刺してしまい、一時的に血性になること(医原性)もあります。

血性腹水の主な原因

悪性腫瘍(がん)

    • 肝細胞がん(特に破裂したもの): 肝臓がんが破裂し、腹腔内に出血します。
    • 腹膜播種(ふくまくはしゅ): 胃がん、大腸がん、卵巣がん、膵臓がんなどがお腹の中に広がり(腹膜に種をまいたように転移し)、がん細胞が血管を傷つけることで出血します。
    • 腹膜のがん: 腹膜自体に発生するがん(腹膜中皮腫など)

外傷

交通事故や転落、腹部の強打などにより、肝臓、脾臓(ひぞう)、腎臓などの内臓や血管が損傷し、腹腔内に出血します。

婦人科系の緊急疾患

    • 子宮外妊娠の破裂: 受精卵が子宮以外の場所(主に卵管)に着床し、それが破裂することで大量の腹腔内出血(=血性腹水)をきたします。強い下腹部痛を伴うことが多く、生命に関わる緊急状態です。
    • 卵巣出血: 卵巣からの出血。排卵時などに起こることがあります。
    • 卵巣過剰刺激症候群(OHSS): 不妊治療の副作用として起こることがあり、重症化すると血性腹水を伴うことがあります。

膵炎

重症急性膵炎(特に出血性膵炎): 膵臓の強力な消化酵素が自分自身の組織や周囲の血管を溶かし、出血を引き起こすことがあります。

感染症

結核性腹膜炎: 頻度は高くありませんが、結核菌が腹膜に感染し、炎症を起こすことで血性腹水を呈することがあります。

血性腹水とは(新人さん向けのやさしい定義)

研究ではRBC(赤血球:red blood cells)10,000/μL以上を血性の目安にすることが多く、古い文献では50,000/μL以上の定義もあります。

臨床では見た目+全身状態で緊急度を判断します。

用語と略語(英語も併記)

  • 腹腔内出血(hemoperitoneum):お腹の中で今、出血している状態。造影CTでextravasation(血管外漏出)を確認。
  • SBP(自発性細菌性腹膜炎:spontaneous bacterial peritonitis):腹水のPMN ≥250/μLで疑う
  • SAAG(血清−腹水アルブミン較差:serum–ascites albumin gradient)血清Alb − 腹水Alb≥1.1 g/dLで門脈圧亢進の関与を示唆。
  • β-hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン):妊娠反応の指標。陽性=妊娠している可能性が高い→異所性妊娠の鑑別に重要。
  • IVR(血管内治療:interventional radiology):TAE(経カテーテル動脈塞栓術:transcatheter arterial embolization)/TACE(肝動脈化学塞栓術:transcatheter arterial chemoembolization)
参考文献
Urrunaga NH.定義と転帰.Dig Dis Sci, 2013/Aithal GP.腹水管理GL.Gut, 2020
Radiopaedia.Hemoperitoneum(CT所見).2025更新

初期対応(見る→測る→確かめる→採る)

1) 見る:危険サイン

  • ショックのサイン:意識ぼんやり、冷汗、皮膚冷感、BP低下、HR上昇。
  • 腹膜刺激:強い腹痛・板状硬なら外科コールも視野。

2) 測る:バイタル・採血

  • BP/HR/SpO2/体温。必要に応じ動脈血ガス。
  • 採血:Hb、血小板、PT/INR、肝腎機能、乳酸。

3) 確かめる:超音波→造影CT

  • POCUSで腹水量と凝血塊(高エコーの塊)を確認。
  • 出血を疑えば、医師判断で造影CT(必要時にIVR(TAE/TACE)や外科の準備)
  • 肝疾患があればHCC破裂を常に念頭に。

4) 採る:腹水穿刺(安全第一)

  • エコーガイド下で穿刺。重い出血はまれと報告。
  • 提出セット:細胞数・分画(PMN)、RBC、アルブミン/総蛋白(SAAG計算用)、培養(ベッドサイド血培ボトルへ)、細胞診(量を多めに)。
参考文献
Tan JL.腹水穿刺の出血リスク(メタ解析).JGH Open, 2024
Raco J.抗凝固中でも重篤出血は稀.Intern Med J, 2024

血性腹水の原因と鑑別(背景疾患別に「何を疑うか」)

1) 肝硬変/肝腫瘍(まずHCC破裂という出血原因を除外)

疑う場面:肝疾患の既往+急な腹痛・ふらつき・Hb低下。CTで高吸収の血腫やextravasationを探します。

看護のポイント:ルート複数、輸血準備、尿量モニタ、搬送の安全確保。医師がIVR(TAE/TACE)を検討することがあります。

参考文献
Urrunaga NH.Dig Dis Sci, 2013/Monroe EJ.Clin Radiol, 2015/Patidar Y.Indian J Radiol Imaging, 2019

2) 悪性腫瘍(腹膜播種・卵巣がんなどの腫瘍性出血

疑う場面:体重減少、食欲低下、既知のがん、短期間で再貯留。血性を呈することがあります。

検体のコツ:細胞診は提出量が多いほど感度↑。目安50–75 mL以上、可能なら100–200 mL。陰性でも反復提出で拾い上げます。

参考文献
Ikegami T.Ann Palliat Med, 2024
Coconubo DM/Zhang F.Cancer Cytopathol, 2022Diagn Cytopathol, 2019

3) 婦人科疾患(卵巣嚢胞破裂・異所性妊娠・子宮内膜症による腹腔内出血

疑う場面:妊娠可能年齢の女性、下腹部痛。β-hCG陽性=妊娠反応異所性妊娠の緊急性評価。卵巣黄体嚢胞破裂は片側の急な痛みが多く、子宮内膜症では血性腹水が反復します。

参考文献
Pandraklakis A.Medicina, 2022/Cheah G.BMJ Case Rep, 2024

4) 膵性腹水(膵管瘻・偽嚢胞破綻による膵液混入と出血

疑う場面:膵炎の既往・飲酒歴。腹水アミラーゼ>1,000 U/Lで強く示唆。禁食・ドレナージ・内視鏡治療(膵管ステント)に備えます。

参考文献
Bathobakae L.Clin J Gastroenterol, 2025/StatPearls.Pancreatic Ascites, 2024改訂

5) 外科的病態(腸管虚血・穿孔・術後出血などの炎症性/破綻性出血

疑う場面:激しい腹痛、板状硬、発熱やWBC↑。造影CTで血流障害・遊離ガスの確認→外科判断につなげます。

参考文献
Huang LL.World J Gastroenterol, 2014/Du L.Clin Chem Lab Med, 2024

6) 外傷・医原性(穿刺後/生検後/術後の手技関連出血

ドレーン排液の色と量、Hb推移を記録し、活動性出血の有無を画像で確認します。

参考文献
Huang LL.World J Gastroenterol, 2014

7) 透析関連(PD:腹膜透析での軽微な出血混入

PDでは少量の出血でも赤く見えやすいです。女性は月経関連(逆行性月経)や子宮内膜症が多め。再発や大量出血は婦人科・外科と連携します。

参考文献
Parthasarathy R.Int J Kidney Dis, 2022/Blumenkrantz MJ.Ann Intern Med, 1981

腹水検査の読み方(ここだけは押さえる)

1) RBCと「血性」の目安

RBCの閾値は報告により異なります(10,000/μL50,000/μL)。ただし実臨床では、見た目+バイタル+画像で優先度を決めます。

2) PMN補正(計算の型を覚える)

  1. まずPMNSBP=250/μLを評価。
  2. 血性なら補正:補正PMN = 実測PMN −(RBC/250)
  3. 例:RBC 25,000/μL、PMN 300/μL → 300 − 25,000/250 = 200SBP基準は満たさない)。

3) SAAG・蛋白・細胞診・培養(提出のコツ)

  • SAAG(血清−腹水アルブミン較差)≥1.1 g/dL:門脈圧亢進の関与を示唆(血清Alb − 腹水Alb)。
  • 細胞診:できるだけ多め(目安50–75 mL以上、可能なら100–200 mL)。
  • 培養:穿刺直後にベッドサイドで血培ボトルへ(感度↑)。
  • 追加:アミラーゼ(膵性)、ADA(アデノシンデアミナーゼ:結核性)などは所見に応じて。
参考文献
KASL(PMN補正式)・Clin Mol Hepatol, 2018/AASLD GL(Ascites/SBP/HRS)・Hepatology, 2021
Coconubo DM・Zhang F(細胞診量)・Cancer Cytopathol, 2022Diagn Cytopathol, 2019
Mahajan M(腹水ADA)・J Lab Physicians, 2023

腹水検査の早見表(10pt)

「何を、なぜ、どのくらい提出するか」をひと目で確認できます。

検査項目 目的・読み方 カットオフ / 量の目安 ひとこと(コツ)
RBC(赤血球) 血性の判断に。 10,000/μL以上(古典的には50,000/μL) 外傷性混入なら次試験管で薄まる。
WBC・PMN(白血球・好中球数) SBP判定に使用。 PMN ≥250/μL 補正PMN=実測−(RBC/250)
アルブミン / 総蛋白(SAAG) 門脈圧亢進の関与推定(血清Alb−腹水Alb)。 SAAG ≥1.1 g/dL 血清Albと同時採取で計算が楽。
培養(ベッドサイド接種) SBP・二次性腹膜炎の起因菌同定。 採取後すぐ血培ボトルへ 遅れるほど感度低下。
細胞診 悪性の評価。 50–75 mL以上(推奨100–200 mL 反復提出で感度↑。
アミラーゼ 膵性腹水の鑑別。 しばしば>1,000 U/L 膵炎歴・飲酒歴も確認。
ADA(アデノシンデアミナーゼ) 結核性腹膜炎の鑑別。 多くの報告で36–40 IU/L前後 培養・生検と併用で判断。
参考文献
KASL・AASLD(SBP/腹水)・Coconubo/Zhang(細胞診量)・Mahajan(ADA)各項参照

婦人科系の特徴まとめ(新人さん向け)

合言葉は「周期・片側痛・β-hCG(妊娠反応)」。迷ったらまずβ-hCGを確認し、陽性なら異所性妊娠を最優先で評価します。

病態 典型シナリオ キー所見 初期対応のポイント
卵巣黄体嚢胞破裂 排卵期〜黄体期/急な片側下腹部痛 経膣エコーで嚢胞+血性腹水/β-hCG陰性 安静・疼痛管理。循環不安定なら外科/IVR相談
異所性妊娠破裂 妊娠初期(6–8週)/失神・強い腹痛 β-hCG陽性/子宮内胎嚢なし/付属器塊+多量腹水 至急産婦人科へ。ルート確保・輸液・交差、搬送準備
子宮内膜症関連血性腹水 若年女性/月経と連動・反復する腹痛と腹水 チョコレート嚢胞/CA-125↑ことあり/反復血性腹水 婦人科紹介。ホルモン療法の可否を検討
参考文献
Pandraklakis A(内膜症)・Medicina, 2022/Cheah G(卵巣異所性妊娠)・BMJ Case Rep, 2024

画像のポイント(エコーとCT)

エコー(POCUS:ベッドサイド超音波)

  • 腹水の量と凝血塊(血の固まり)の有無を確認。FASTの定番ビュー(右横隔膜下・脾周囲・ダグラス窩など)。

造影CT

  • extravasation(血管外漏出)は活動性出血のサイン。
  • 大きな血腫があれば、医師判断でIVR(TAE/TACE)や外科を検討。
参考文献
Willmann JK.活動性出血のCT評価.AJR, 2002/Radiopaedia.Hemoperitoneum, 2025更新

治療の流れと看護の役割(原因別の次の一手)

HCC破裂が疑わしい/確定

  • 同時に進める:ルート2本、輸血準備、尿量モニタ、痛みのスケール。搬送チェック(アクセ、禁食、アレルギー歴)。
  • 止血の中心はIVR(TAE/TACE)。鎮静・鎮痛や体位で苦痛を軽減。

悪性腹膜炎が主因

  • 症状緩和(反復穿刺・留置ドレーン)+原疾患治療(腫瘍内科)。呼吸苦や腹満に対する体位・鎮痛・栄養管理。

膵性腹水

  • 禁食・ドレナージ。必要に応じ内視鏡で膵管ステント。疼痛・脱水・感染兆候を早めに拾う。

PD関連の出血

  • 多くは安静で軽快。再発・大量は婦人科/外科と連携。排液の色・量を経時管理。
参考文献
Ma C.破裂HCCの緊急TAE/TACEの転帰.Iran J Radiol, 2023/Ikegami T(悪性腹水)・Ann Palliat Med, 2024/Bathobakae L(膵性腹水)・Clin J Gastroenterol, 2025

よくある質問(Q&A)

Q1. ピンク色の腹水は様子見でいい?

痛みが軽く、バイタルが安定なら経過観察もあり得ます。ただし新しく赤くなった/痛みが増える/ふらつくときは早めに再評価します。

Q2. きのう赤かったのに、今日は黄色に戻ったのは?

外傷性タップや軽い出血では、時間とともに赤みが薄れることがあります。繰り返すなら原因精査が必要です。

Q3. 抗凝固中や血小板が少ないと穿刺は危険?

最新の報告では重い出血はまれです(エコーガイドでさらに安全性↑)。

参考文献
AASLD Practice Guidance(SBP/腹水)・Hepatology, 2021/Tan JL.JGH Open, 2024

まとめ(チェックリスト)

  • まず安全確認:意識・バイタル・腹痛の強さ・ショックサイン。
  • 順番に:エコー→必要時造影CT→腹水穿刺(検体は十分量)。
  • 検査の要点:RBCで血性を把握、PMNはRBC/250で補正、細胞診はできるだけ多め(100–200 mL推奨)
  • 鑑別の意識:肝疾患ならHCC破裂、女性なら婦人科疾患(β-hCGで妊娠反応)、PDなら軽微でも反復なら要精査
参考文献
総説・ガイドライン:Urrunaga NH(2013)・Dig Dis Sci/Aithal GP(2020)・Gut/Du L(2024)・Clin Chem Lab Med

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