透析不均衡症候群(DDS)は、透析で血漿尿素が急低下して脳との浸透圧差が生じ、水が脳へ移動して起こる一過性の脳浮腫です。
目次
透析での不均衡症候群(DDS)とは
不均衡症候群とは、血液中と脳組織との間に生じる濃度(浸透圧)較差などの原因により脳浮腫状態となり、透析中から終了後12時間以内に発症する中枢神経症状(頭痛、吐き気など)や全身症状(血圧低下、倦怠感、下枝攣りなど)が発症する状態のことです。
透析における浸透圧差
浸透圧は、単位体積当たりの溶媒に含まれる溶質の分子の総数に比例します。
脳圧亢進
透析をすることでBUNが急激に低下し、急激に浸透圧が低下します。
とくに頭蓋骨で囲まれた脳は、浮腫が発生すると圧の逃げ場がなくなり、脳圧が亢進して頭痛や悪心・嘔吐といった中枢神経系の症状が出現します。
血管内の老廃物は速やかに除去されますが、血管外(間質と細胞内)の老廃物の除去に時間がかかります。
起こりやすい場面・リスク因子
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高BUN(例:緊急透析)
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初回透析、小児・高齢、低栄養、脳疾患既往
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短時間での大幅な尿素/浸透圧低下(大型ダイアライザ、高Qb/Qd)
症状(軽症→重症)
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軽症:頭痛、悪心・嘔吐、焦燥、筋けいれん、めまい、視覚異常
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中等症:傾眠、見当識低下、落ち着かない、血圧変動
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重症:けいれん、意識障害(昏睡)
予防:初回・高BUNでDDSを起こさない設定
ポイントは浸透圧を急に下げないことと循環安定です。
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短時間×分割:初日は3時間、翌日も透析など。
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低クリアランス:小さめのダイアライザ、低めのQbで静かに開始します。
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患者教育:頭痛・吐き気などのサインをすぐ申告してもらいます。
初回透析(導入・緊急時)の設定目安(例)
項目 | 初回の目安 | 理由・補足 |
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時間 | 3時間(連日短時間で慣らす) | 浸透圧低下を緩やかにします。 |
ダイアライザ | 低膜面積(例:0.7–1.1 m²) | クリアランスを抑えます。 |
Qb / Qd | Qb 80–120 mL/分、Qd 300–500 mL/分 | 溶質速度を控えめにします。 |
当日の観察ポイント(チェックリスト)
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開始30–60分:頭痛・吐き気・落ち着かない様子・筋けいれんの有無
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バイタル:血圧・脈拍・体温
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電解質:Na、K、Ca(必要に応じてiCa)、血糖
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尿毒素の落ち方:初回はKt/Vを目標にします。
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患者教育:症状があればすぐコールすることを再確認します。
発症時の対応(ベッドサイドの流れ)
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除水を停止、Qb/Qdを下げる(一時的な透析停止も検討)
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評価:意識、瞳孔、痙攣、血糖、Ca、Na、血圧
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高張化の検討:医師指示のもと、10%NaClやマンニトールを使用する場合があります。
初回透析で不均衡症候群が起きやすい理由:逆尿素効果
初回透析で不均衡症候群が発生しやすい理由は、初回透析時に血漿浸透圧(主に尿素)だけが急に下がるのに、脳側の“適応”は遅いからです
結果として血漿<脳内の浸透圧勾配が生じ、水が脳内へ移動し、軽度の頭痛から重症ではけいれん・意識障害まで起こり得ます。
リスク因子として初回透析が明記
不均衡症候群の典型的リスクとして「初回HD」「高BUN(>175mg/dL)を挙げられています。
逆尿素効果(Reverse urea effect)
透析で血漿の尿素が先に急低下すると、脳内の尿素が追いつかず一時的に脳内>血漿の浸透圧になります。すると水が脳細胞側へ移動し、頭痛・嘔気などの症状が出やすくなります。
動物実験では、透析後に「脳⇔血漿」の尿素勾配が拡大し、脳含水量(脳むくみ)が増えることも報告されています。初回や高BUNの導入時に起こりやすい理由は、落差(勾配)が大きくなりやすいからです。
参考:Central nervous system pH in uremia and the effects of hemodialysis
慢性尿毒症での「脳側の適応」
慢性腎不全では、脳で尿素トランスポーター(UT-B)が減少し、アクアポリン(AQP4/9)が増加するという分子適応がみられます。
つまり、脳細胞内に水は入りやすいのに尿素は出にくい状態です。この状態で血漿側だけ急に正常へ近づけると、脳内→血漿への尿素の逃げが遅れ、相対的に水が脳へ流れ込みやすいため、DDSを助長します。
維持透析期でも不均衡症候群(DDS)は起こりますか?
不均衡症候群は導入期に多いことで有名ですが、維持期でも(特に透析を抜いた・中断した後など)まれに起こり得ます。背景には、血漿側の尿素が先に下がって脳との浸透圧ギャップが生じ、水が脳へ移動してしまう「逆尿素効果」があります。レビューでも、新規導入で多いが、慢性透析患者でも起こり得るとされています。国立バイオテクノロジー情報センター+1
“primarily after the new initiation of dialysis… can also be seen in chronic dialysis patients who miss their regular dialysis treatments.” 国立バイオテクノロジー情報センター
ヒト・動物の研究では、透析後にCSF(脳脊髄液)の尿素が血中より高くなり、水が中枢へ引き込まれる勾配ができること、また脳含水量(脳のむくみ)が増えることが示されています。PMC+1
“after hemodialysis, the urea concentration in the CSF was higher than that in the blood, thus setting up an osmotic gradient.” PMC
透析中の「頭痛」は不均衡症候群そのものですか?
透析維持期での頭痛は不均衡症候群とは別の可能性があります。
透析維持期に多いのは、ICHD-3が定義する「透析関連頭痛(Dialysis headache)」で、これは透析中に出現し、終了後72時間以内に自然軽快する急性頭痛です。毎回のセッションで反復することはありますが、1回の発作が慢性的に続く疾患ではありません。ICHD-3+1
“each headache has developed during a session of haemodialysis… resolved within 72 hours after the end of the session.”(ICHD-3) ICHD-3
透析関連頭痛とは
透析関連頭痛は「透析中に始まり、終了後72時間以内に自然軽快」する頭痛です。
透析ごとに反復しますが、1回の発作が持続し続ける慢性疾患名ではありません。背景には血圧・電解質・体液の急変が関係しています。ICHD-3+1
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