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GI療法とは|高カリウム血症の緊急対応と手順
結論:GI療法(グルコース+インスリン)は、高カリウム血症で今すぐKを下げて致死的不整脈を避けるための一時的処置です。
理由:インスリンは、ブドウ糖と一緒にカリウム(K)も細胞の中へ入るように促します。
根拠:速効型インスリン10単位IV+ブドウ糖25g。効果発現は約15分経過後。60分で0.6~1.0 mEq/L低下が目安。低血糖を防ぐため投与前血糖の確認と投与後2~4時間のモニタが必須です。
どう効くの?
- インスリンは、体の細胞がブドウ糖を取り込むスイッチです。
- このスイッチが入ると、カリウムも一緒に細胞へ移動します。
- 結果として血液中のカリウムが一時的に下がり、心臓が落ち着きやすくなります。
- ただし、体の外へカリウムを捨てたわけではないので、数時間後にまた上がることがあります(だから“時間稼ぎ”)。
GI療法でグルコースとインスリンを使う理由
結論:インスリンは、細胞にブドウ糖を取り込ませる作用がありますが、そのときに同時にカリウム(K)を細胞の中へ運ぶポンプ(Na⁺/K⁺ポンプ)を働かせるスイッチにもなります。血液中のKが危険なほど高いとき、インスリンを使うと数十分でKが血液から細胞内へ移り、心臓の不整脈リスクを下げられます。
なぜグルコース(ブドウ糖)を一緒に入れるの?
インスリンだけだと血糖が下がり過ぎ(低血糖)るおそれがあります。そこでブドウ糖を同時に入れて、血糖を安全な範囲に保ちながら、インスリンの「Kを細胞へ入れる」効果だけを活かします。
ポイント(一般向けに要点だけ)
- 危険な高カリウム血症では、まず心臓を守る対応(カルシウム製剤など)を行い、GI療法で短時間にKを下げるのが基本です。
- GI療法は血液中のKを一時的に減らす方法で、体からKを“出す”治療ではありません。原因への対処(利尿・カリウム吸着薬・透析 など)を並行します。
- 低血糖を防ぐため、投与前後に血糖測定を行い、必要に応じてブドウ糖を追加します。
参考文献:
KDIGO:急性高カリウム血症の対応(2020)/
UK Kidney Association:高K管理ガイドライン(2023)/
MSDマニュアル:高カリウム血症
GI療法の目的と位置づけ(橋渡し治療)
GI療法の目的は短時間で血清Kを下げることです。Kの総量は減らないため、体外除去(利尿・K吸着薬・透析)と原因対策を並行します。心電図に危険所見(テント状T波、QRS延長、徐脈など)があれば、カルシウム製剤で心筋安定化→直ちにGI療法が基本です。
参考文献:KDIGO Acute Hyperkalemia(2020)/Renal Association/UKKA(2022)
適応と初期対応(アルゴリズム)
モニター装着・12誘導ECG→カルシウム製剤→GI療法→透析の順で進めます。
・カルシウムグルコン酸は2–5分で緩徐静注し、5分後にECG再評価。
・GI療法を同時に立ち上げ、再上昇(リバウンド)を前提に除去手段を準備します。
参考文献:KDIGO 2020/UKKA 2023
高K血症の心電図(P波消失、QRS延長、テント状T波)
カリウム値が高くなると、心臓細胞の電位に異常が生じて心筋の興奮が起こりにくくなり、心電図が変化してきます。
まず最初に起こる変化は、T波が狭く高くなってくるテント状T波という変化です。
次に、心房(心臓にある4つの部屋のうち、左右上方にある2部屋)の電気興奮が抑制されることで、P波が小さくなる・又は見えなくなる変化が生じます。
さらに進行すると、心室(心臓にある4つの部屋のうち、左右下方にある2部屋)の細胞の興奮が抑制されることで、QRS時間が延長し広がることで、サインカーブ上の変化が生じ、心室細動などの危険な不整脈を起こしやすくなります。
高K血症の心電図(胸部12誘導)
引用:やさしい心電図の見方
上の心電図は血清カリウム濃度が 8.2 mEq/L に増加した慢性腎不全患者の心電図です。
T 波は高く尖鋭化しており、典型的なテント状 T 波(矢印)が胸部誘導(V3~5)に認められます。この T 波の変形は血清カリウム濃度が上昇した際、最も
早期に出現する心電図変化であり,左右対称性で狭い基部を有する点が特徴的です。
投与方法・投与量(成人)
投与例は上の図のとおりです。
参考文献:Harel & Kamel, PLoS One(2016)/UKKA 2022
投与方法は「静脈注射」か「点滴」
GI療法はどちらも静脈から投与します。やり方は大きく2つ
——静脈注射(シリンジでまとめて入れる)か、点滴(一定時間かけて入れる)かです。
静脈注射(シリンジでまとめて入れる方法)
- 内容:インスリン(速効型)10単位IV+ブドウ糖25gを緩徐静注
(例:50%ブドウ糖液50 mLを15~30分かけて投与) - メリット:切れ味が速い/輸液量が少ない
- デメリット:末梢だと血管痛のリスク
- 向く場面:迅速な低下を狙いたい、太い末梢または中心静脈が確保できている。
- コツ:必ず緩徐投与・ライン観察・投与後は生理食塩水でフラッシュ。
参考文献:KDIGO 2020/Harel & Kamel, PLoS One 2016
点滴(30〜60分かけて入れる方法)
- 内容:10%ブドウ糖500 mLにインスリン10~20単位を混注し60分で点滴。
- メリット:濃度が低く末梢でも入れやすい/血糖変動が緩やかになり低血糖リスクを下げやすい。
- デメリット:ボーラスに比べて立ち上がりがやや緩やか/輸液量が多い(心不全では注意)。
- 向く場面:末梢しか取れない場合。
- コツ:点滴速度は施設手順に従い、投与中も血糖・状態を観察。
参考文献:UKKA 2023/Harel & Kamel 2016(PDF)
どちらを選ぶ?(使い分けの目安)
- すぐ下げたい/輸液量を抑えたい:静脈注射(50%ブドウ糖液緩徐静注)が第一候補。
- 末梢血管が細い/外漏れが不安/低血糖リスクが高い:点滴(10%ブドウ糖にインスリン混注)を検討。
参考文献:KDIGO 2020/UKKA 2022
共通のモニタリング(必須)
- 投与前:血糖を必ず測定。
- 投与後:30–60分ごとに2–4時間、血糖・K・心電図を再評価。
- 再上昇対策:利尿・カリウム吸着薬・透析の準備を並行して実施。
参考文献:KDIGO 2020/UKKA 2023
期待できる低下量とタイムライン
効果発現:~15分、60分で0.6–1.0 mEq/L低下が目安。数時間で効果が切れるため再上昇に注意します。
参考文献:KDIGO 2020/UKKA 2023
投与前後の血糖マネジメント
GI療法の主要合併症は低血糖です。投与前に血糖確認→投与後30–60分ごとに2–4時間は反復測定し、必要に応じて追加入糖します。
参考文献:Harel & Kamel 2016/UKKA 2023
併用療法(Ca製剤・透析)
Ca製剤:心筋膜安定化目的。10%Caグルコン酸30 mLを10分で投与、5分後ECG再評価(ジギタリス中毒は慎重)。
β2刺激薬:サルブタモール吸入(例:10–20 mgネブライザー)でK低下を上乗せ(虚血性心疾患は慎重)。
K吸着薬:急性期の第一選択は避ける薬剤もあります。ジルコニウムシクロケイ酸Naは切れ味が比較的速い報告(Na負荷に留意)。
透析:重症例・腎機能低下では最も確実。早期に準備します。
参考文献:UKKA 2023/KDIGO 2020
カルシウム製剤の実務ポイント
静注は緩徐投与が原則。症候が残存すれば反復投与を検討します。ECGで効果を確認しつつGI療法と並行します。
参考文献:UKKA 2023
β2刺激薬の位置づけ
β2刺激薬は細胞内シフトの追加効果を狙う補助療法です。頻脈や胸部不快感が出やすく、冠疾患では注意して用います。
参考文献:KDIGO 2020
K吸着薬の使い分け
急性期に樹脂+ソルビトールは消化管合併症リスクがあり第一選択にしません。ジルコニウムシクロケイ酸Naは比較的速効の報告があり、非侵襲的選択肢として検討します(Na負荷に留意)。
参考文献:UKKA 2023
透析のタイミング
心電図異常や内科的治療で不十分な場合、早期の血液透析を準備します。循環動態やアクセス状況に応じてモダリティを選択します。
参考文献:KDIGO 2020
実務チェックリスト
①モニター装着・ECG・採血(K/Cr/BUN/血ガス)。溶血の有無を確認。
②Caグルコン酸静注(2–5分)→5分後ECG再評価。
③GI療法開始:インスリン10U+ブドウ糖25–50 g(血糖に応じ追加入糖)。
④再評価:30–60分ごとにK・血糖・ECG。2–4時間は低血糖・再上昇を監視。
⑤除去療法:利尿(反応があれば)、K吸着薬の早期導入、透析準備・実施。
⑥原因対策:薬剤(ACEi/ARB/MRA等)・食事・代謝性アシドーシス補正。
参考文献:UKKA 2023/KDIGO 2020
よくある落とし穴(必読)
Ca製剤の急速静注は危険(徐脈・心停止)。緩徐投与でECG確認。
GI後の“油断”:効果は数時間→2–4時間の追跡採血と再上昇対策が必須。
NaHCO3の乱用:代謝性アシドーシスが明らかな時のみ。
樹脂+ソルビトール:消化管壊死などの報告→急性期の第一選択にしない。
参考文献:Harel & Kamel 2016/UKKA 2023
まとめ
Ca製剤で心筋保護→GI療法で今すぐ下げる→除去療法で根本対応。この順番を外さず、低血糖と再上昇に備えたモニタリングを徹底すれば、致死的不整脈リスクを現実的に下げられます。