最初に結論
- 未分画ヘパリン(UFH)はATⅢに結合してⅡa(トロンビン)とXaを阻害します。低分子ヘパリン(LMWH)はXa阻害優位でAPTT/ACTに反映されにくく、評価は抗Xa活性が基本です。未分画ヘパリンはプロタミンで中和可、低分子ヘパリンは中和が部分的です。
- 透析では、未分画ヘパリン=APTT/ACT、低分子ヘパリン=抗Xaを基本に回路寿命・止血状況を併せて調整します。
- HITが疑わしい場合はヘパリン類を中止し、アルガトロバン/ナファモスタットへ切替。評価は4Ts→免疫学的検査の順で進めます。
目次
ヘパリンの作用機序(ATⅢ・Ⅱa・Xa)
ヘパリンは陰性荷電の多糖で、アンチトロンビン(ATⅢ)に結合して活性を増強し、主にⅡa(トロンビン)とXaを失活させます。
鎖長が長いほどⅡa阻害が強く、短いほどXa阻害が主体となります。
未分画ヘパリンの中和はプロタミン硫酸塩で可能ですが、低分子ヘパリンは中和が部分的です。
参考文献:臨牀透析 2023(抗凝固の総説・表);腎と透析 2022 増刊(腎代替療法における抗凝固の章)
ヘパリンは分子量が3,000~3,5000とバラツキがありますが、分画・その他の処理を加えたものに低分子ヘパリン(分子量1,000~5,000)のものがあります。この低分子ヘパリンに対し、未処理のものとして未分画ヘパリンと呼んでいます。
アンチトロンビンⅢ(ATⅢ)とは?
アンチトロンビンⅢ(antithrombin Ⅲ;以下 AT Ⅲ)はセリン・プロテアーゼに対する生理的インヒビターとして,血中に約30mg/dl(5μM)の濃度で存在する.その生理的役割は,主として活性型凝固第Xおよび第Ⅱ(トロンビン)因子を阻害することにより血液凝固系を制御することにあり,したがって,その血中レベルの動態は各種血栓性疾患の病態と密接に関連することが示されている.AT Ⅲはまたヘパリンに親和性があり,その共有下に立体構造の変化をきたして,トロンビンなどの酵素に対する阻害活性を著しく増すことが知られている.
アンチトロンビンⅢ(ATⅢ)はその名のとおり、トロンビン(Ⅱa)の作用を阻害する物質です。
トロンビン(Ⅱa)とは、プロトロンビン(Ⅱ)が活性化したもので、タンパク質分解酵素に分類されます。トロンビン(Ⅱa)の作用としては、フィブリノーゲンを切断してフィブリンに変換します。ですので、トロンビン(Ⅱa)によってフィブリンが増えるため、血液凝固反応は促進されます。
したがって、トロンビン(Ⅱa)の作用を阻害するアンチトロンビンⅢ(ATⅢ)は、血液凝固反応を阻害します。
画像引用:https://csl-info.com/products/anthrobin/attribute/
しかし、アンチトロンビンⅢ(ATⅢ)はトロンビン(Ⅱa)の作用を阻害するだけでなく、Ⅶa、Ⅻa、Ⅺa、Ⅸa、Ⅹaと多岐にわたります。
とくにアンチトロンビンⅢ(ATⅢ)は、トロンビン(Ⅱa)とⅩaの作用を阻害することで、血液凝固作用を発揮しています。
透析で使う抗凝固薬の比較
| 薬剤 | 主作用 | 半減期 | モニタリング | 主な使いどころ・注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 未分画ヘパリン(UFH) | Ⅱa+Xa阻害(ATⅢ介在) | 約60–90分 | APTT / ACT | プロタミンで中和可。 |
| 低分子ヘパリン(LMWH:ダルテパリン/パルナパリン等) | Xa阻害優位(ATⅢ介在) | 約120–180分 | 抗Xa(APTT/ACTは延長しにくい) | 残存活性に注意。 |
| ナファモスタット | セリンプロテアーゼ阻害 (Ⅱa/Xa/Ⅻaなど) |
約5–8分 | APTT / ACT (臨床所見併用) |
出血高リスクや周術期。陰性荷電膜で吸着→有効濃度低下に注意。 |
| アルガトロバン | 直接トロンビン阻害(ATⅢ不要) | 約30–40分 | APTT(目安:≥60秒) | HITやATⅢ低下で選択。出血に注意。 |
参考文献:臨牀透析 2023(各剤の半減期・測定法・比較表);腎と透析 2022 増刊(投与量・モニタリング要点)
モニタリングと投与調整(未分画ヘパリン/低分子ヘパリン/ナファモスタット/アルガトロバン)
未分画ヘパリン:APTT/ACTベース+臨床所見
- 目安:開始50 IU/kg+800–1,500 IU/時。APTT/ACTは前値の約150%を目標に調整します。
- 国内で用いられる具体例:ボーラス1,000–2,000 IU+維持500–1,500 IU/時。抜針30–60分前に中止して止血を確認し、次回以降を微調整します。
- kgあたりレンジ:初回20–50 IU/kg、維持10–25 IU/kg/時の表記も併用されます。
- ACTの国内目安:150–180秒(試薬・機器で差があり)。
参考文献:臨牀透析 2023(EBPG準拠の投与・前値比の考え方);腎と透析 2022 増刊(kgあたりレンジ・ACT目安)
低分子ヘパリン(LMWH):抗Xaで把握(残存に注意)
- APTT/ACTは延長しにくく、抗Xa活性で評価します。即時の“微調整”は困難なため、回路残血や抜針止血など臨床指標で次回以降に調整します。
- 周術期は残存活性が問題になりやすく、手術当日の使用は回避されることがあります。
- 用法の例(表記例):単回投与では予定透析時間×(7–13 IU/kg)などが示されています(製剤により異なる)。
参考文献:臨牍透析 2023(LMWHとモニタリングの注意点);Hospitalist 2023(周術期の残存活性の配慮)
ナファモスタット/アルガトロバンの使いどころ
- ナファモスタット:半減期が非常に短く回路内に作用を限局しやすい。出血高リスクや周術期に有用。陰性荷電膜での吸着により効果低下が起こり得ます。
- アルガトロバン:ATⅢは不要。APTT≥60秒を目安に調整。初回0.2 mg/kg、維持0.1–1.0 mg/kg/時が一例。ACTはセライト活性化法で評価します。
参考文献:腎と透析 2022 増刊(アルガトロバンの用量・測定法);臨牀透析 2023(ナファモスタットの特徴)
HIT(ヘパリン起因性血小板減少症)にどう対応するか
疑ったらヘパリン類を中止→代替抗凝固へ
透析では回路内凝固の増加が手掛かりになることがあります。
HITが疑わしい場合は未分画ヘパリン/低分子ヘパリンを中止し、アルガトロバン/ナファモスタットへ切替を検討します(ヘパリン増量は悪化要因)。
参考文献:臨牀透析 2023(HIT対応の流れ)
診断の流れ:4Ts→免疫学的検査(必要なら機能的測定)
- 4Tsスコア(血小板減少率・時期・血栓/皮膚所見・他原因)で事前確率を推定します。
- 免疫学的検査(IC/LIA/CLIA)で陽性なら、可能であれば機能的測定で確定します(施設制約あり)。
- 陰性化後の再使用は、免疫学的陰性確認とリスク評価のうえ慎重に検討します。
参考文献:内科 2023(HIT総説・4Ts・検査フロー);検査と技術 2023(ガイドライン準拠の手順)
ケース別の使い分け(導入時・周術期・出血合併)
- 導入時:出血傾向がなければ未分画ヘパリン、軽度なら低分子ヘパリン、高度ならナファモスタットが選ばれやすい運用です。
- 周術期:手術当日は低分子ヘパリンを回避し、時間に余裕があれば未分画ヘパリン、緊急や高出血リスクではナファモスタットを選択します。
参考文献:臨牀透析 2023(導入時の選択肢);Hospitalist 2023(周術期の運用)
まとめ
- 機序:未分画ヘパリンはATⅢを介してⅡa/Xa阻害、低分子ヘパリンはXa優位。未分画ヘパリンはプロタミンで中和、低分子ヘパリンは部分的。
- モニタリング:未分画ヘパリン=APTT/ACT(ACT 150–180秒の目安を併記)、低分子ヘパリン=抗Xa。臨床所見(回路寿命・止血)と合わせて評価。
- 周術期:低分子ヘパリンの残存に注意。必要に応じて未分画ヘパリンやナファモスタットへ切替。
- HIT:ヘパリン類中止→アルガトロバン/ナファモスタット。4Ts→免疫学的検査→(可能なら)機能的測定の順。
