- ネフローゼ症候群は「大量の蛋白尿・低アルブミン血症・浮腫・脂質異常」を軸に診断します(目安:蛋白尿≥3.5 g/日、または尿蛋白/Cr比≳3.0–3.5 g/gCr)。
- 原因は一次性(微小変化型〈MCD〉、膜性腎症〈MN〉、巣状分節性糸球体硬化症〈FSGS〉など)と二次性(糖尿病、SLE、感染症、薬剤、腫瘍など)に大別します。成人は腎生検で病型を確定します。
- 治療は支持療法(減塩・利尿・RAAS阻害による減蛋白)に病型別の免疫療法を組み合わせます。MNではリツキシマブ、FSGSではCNI(タクロリムス/シクロスポリン)が主要選択肢です。
- 血栓症はとくにMNで高リスク。Alb 2.0–2.5 g/dL未満では予防抗凝固を個別に検討します(出血リスクと天秤)。
- 難治例ではLDLアフェレーシスが選択肢。脂質の迅速低下+蛋白尿の改善が期待でき、日本では薬剤抵抗性FSGSに保険適用があります。
目次
ネフローゼ症候群とは(定義と全体像)
ネフローゼ症候群は、腎糸球体のバリア障害により高度の蛋白尿が持続し、それに伴って低アルブミン血症・浮腫・脂質異常が生じる症候群です。
蛋白尿の目安は3.5 g/日以上です。随時尿では尿蛋白/クレアチニン比(PCR)3.0–3.5 g/gCrがおおよその境界です。
参考文献:
Rovin BH, et al. Executive summary of the KDIGO 2021 Guideline for the Management of Glomerular Diseases. Kidney Int. 2021.
Gutiérrez-Peredo GB, et al. The urine protein/creatinine ratio as a reliable indicator of 24-h urine protein… TUNARI prospective study. BMC Nephrol. 2024.
Huang F, et al. Reliability of the spot urine protein/creatinine ratio… J Int Med Res. 2024.
むくみ(浮腫)が出る理由を新人向けに
① 血管から水がにげやすくなる(低アルブミン血症)
蛋白が尿へ漏れると血中アルブミンが下がり、血管内に水を引き留める力(膠質浸透圧)が低下します。その結果、水分が皮下へ移りやすくなり、まぶた・下肢・体幹へむくみが広がります。
② 腎臓が塩分・水をため込みやすくなる(ENaC活性化など)
ネフローゼでは集合管のナトリウム再吸収が直接的に亢進する“overfill”機序が関与し、ENaC(上皮Naチャネル)活性化などが示唆されています。つまり「出る(①)」と「ためる(②)」の両方でむくみが悪化します。
参考文献:
Gupta S, et al. Nephrotic Syndrome: Oedema & Diuretic Treatment. Br J Gen Pract. 2019.
Xiao M, et al. Plasminogen deficiency does not prevent sodium retention via ENaC… J Am Soc Nephrol. 2020.
原因(一次性と二次性)
一次性(特発性)
- 微小変化型ネフローゼ症候群(Minimal Change Disease; MCD):小児に多く、ステロイド反応性が高い。
- 膜性腎症(Membranous Nephropathy; MN):抗PLA2R抗体が鑑別に有用。典型例では生検省略の選択肢もあります(ただし二次性除外が前提)。
- 巣状分節性糸球体硬化症(Focal Segmental Glomerulosclerosis; FSGS):成人に多く、治療抵抗性で進行性のことがあります。
二次性
糖尿病や全身性エリテマトーデス(SLE)、アミロイドーシス、B/C型肝炎・HIVなどの感染症、NSAIDsなどの薬剤、悪性腫瘍など。二次性の除外は成人診療の基本です。
参考文献:
Rovin BH, et al. KDIGO 2021 Glomerular Diseases: Executive Summary. Kidney Int. 2021.
検査(診断の進め方)
尿検査
試験紙で蛋白尿を確認後、定量します。
原則は24時間尿ですが、臨床ではPCR(g/gCr)で代用します。ネフローゼ域では24時間尿との乖離が出やすいので、経時的に同じ方法で追うのがコツです。
血液・原因検索
Alb・総蛋白・脂質、Cr/eGFR、炎症所見、糖代謝、自己抗体、B/C肝炎・HIVなど。MNが疑わしければ抗PLA2R抗体も確認します。
腎生検(成人の基本)とMNの例外
成人では腎生検で病型確定が標準です。MNでは抗PLA2R抗体陽性・二次性示唆なし・腎機能保たれるといった典型例では、生検省略が容認される場合があります。
参考文献:
Rovin BH, et al. KDIGO 2021 Executive Summary. Kidney Int. 2021.
Gutiérrez-Peredo GB, et al. TUNARI prospective study(PCRと24h尿の比較). BMC Nephrol. 2024.
治療(支持療法+病型別の寛解導入)
支持療法の基本
- 減塩(まずは1日≦6 g):利尿薬の効きが良くなります。
- 利尿薬:ループ系を軸に、反応が鈍ければチアジド系追加などを検討。アルブミン製剤は適応を絞って短期に。
- RAAS阻害(ACE阻害薬/ARB):高血圧の有無を問わず持続蛋白尿の減弱目的に最大許容量まで漸増(Cr/K上昇に注意)。
- 血栓症予防:とくにMNでリスクが高く、Alb 2.0–2.5 g/dL未満では予防抗凝固を個別に検討(出血リスクとバランス)。
参考文献:
Rovin BH, et al. KDIGO 2021 Executive Summary. Kidney Int. 2021.
Beck LH Jr, et al. KDOQI US Commentary on KDIGO 2021. AJKD. 2023.
Campbell KN, et al. Efficacy and Safety of ACEi/ARB in Proteinuric Kidney Disease. Kidney360. 2022.
Gordon-Cappitelli J, et al. Prophylactic Anticoagulation in Adult NS. CJASN. 2020.
Lin R, et al. Systematic Review of Prophylactic Anticoagulation in NS. Thromb Res. 2019.
Ho JJ, et al. Human albumin infusion for oedema in NS. Cochrane Rev. 2019.
病型別の寛解導入(成人)
- MCD(微小変化型):プレドニゾロンが第一選択。寛解後は漸減。頻回再発にはリツキシマブやCNIの選択も。
- MN(膜性腎症):リツキシマブが主要選択肢。MENTOR試験では、12か月の寛解誘導でシクロスポリンに非劣性、24か月の寛解維持で優越が示されました。
- FSGS(巣状分節性糸球体硬化症):CNI(タクロリムス/シクロスポリン)を少なくとも6か月投与し、反応があれば12か月以上維持を検討します。
参考文献:
Fervenza FC, et al. Rituximab or Cyclosporine in MN(MENTOR). N Engl J Med. 2019.
Rovin BH, et al. KDIGO 2021 Executive Summary. Kidney Int. 2021.
合併症と注意点
- 血栓症:MNで目立ちます。Albが低いほどリスク上昇。VTE徴候(下肢腫脹・胸痛・呼吸苦)に注意。
- 感染症:尿中への免疫グロブリン喪失+免疫抑制薬で易感染。ワクチンや早期受診の指導を。
- 急性腎障害(AKI):強い浮腫・低循環や薬剤で起こりえます。利尿・補液のバランス管理が重要。
参考文献:
Greenberg KI, et al. Understanding Hypercoagulability with NS. Kidney Int Rep. 2023.
Gordon-Cappitelli J, et al. Prophylactic Anticoagulation in NS. CJASN. 2020.
ネフローゼ症候群に対するLDLアフェレーシス
どんな狙い?(病態に基づく考え方)
LDLアフェレーシスは、体外循環で血中LDLコレステロールを選択的に除去する治療です。
ネフローゼで持続する高LDL血症は腎に対しても毒性(lipid nephrotoxicity)を示す可能性があり、脂質の迅速低下→糸球体障害の軽減→蛋白尿の減少を狙います。
対象と位置づけ
- 薬剤抵抗性ネフローゼ症候群:ステロイドや免疫抑制薬で十分な減蛋白が得られない場合。
- 保険適用(日本):薬剤抵抗性のFSGS。
期待される効果
- 脂質の急速改善:LDL/総コレステロールを確実に低下。
- 蛋白尿の減少(寛解誘導):POLARIS多施設研究では、1か月時点有効率54.9%、2年後に47.7%が寛解(尿蛋白 < 1.0 g/日)。
- 腎機能の保護:長期のeGFR維持に寄与する可能性が示唆。
実際の進め方と安全対策
- 代表的レジメン:週2回×3週 → 週1回×6週など(米国HDE「LIPOSORBER LA-15」公的資料に準拠)。
- ACE阻害薬は前24時間中止:キニン関連の重篤な低血圧/アナフィラクトイド回避のため。
- 同日HDとの併施は循環血液量低下に注意。
参考文献:
Muso E, et al. Prospective survey on long-term effect of LDL-apheresis(POLARIS). Ther Apher Dial. 2015.
Muso E, et al. Favorable therapeutic efficacy of LDL-apheresis…(post-hoc). Ther Apher Dial. 2021.
U.S. FDA. LIPOSORBER LA-15 (HDE): Instructions/Warnings. 2018.
Muso E. Updated evidence of beneficial effect of LDL-apheresis for refractory NS. Ther Apher Dial. 2023.
まとめ
- 診断は蛋白尿の定量と病型確定(成人は腎生検)が軸。MNでは抗PLA2R抗体が有用で、典型例では生検省略の選択肢も。
- 治療は支持療法+病型別免疫療法。MNのリツキシマブ、FSGSのCNIは主要選択肢。
- 血栓症はMNで高リスク。Alb 2.0–2.5 g/dL未満は予防抗凝固を検討。
- 難治例にはLDLアフェレーシスを。脂質是正のみならず蛋白尿改善が期待できます(適応と安全対策を厳守)。
参考文献:
Rovin BH, et al. KDIGO 2021 Executive Summary. Kidney Int. 2021.
Fervenza FC, et al. MENTOR:Rituximab vs Cyclosporine in MN. N Engl J Med. 2019.
Gordon-Cappitelli J, et al. Anticoagulation in NS. CJASN. 2020.
Muso E, et al. POLARIS study. Ther Apher Dial. 2015.
