単純血漿交換療法(PE/TPE)に携わるとき、最初にぶつかる疑問の一つが「置換液(Replacement Fluid)」の選択ではないでしょうか。
「今回の患者さんは、なぜアルブミンじゃなくてFFP(新鮮凍結血漿)を使うの?」
「アルブミンを使うとき、なぜ生食ではなくラクテックで割るの?」
先輩に聞くと「そういう決まりだから」と言われてしまうこともありますが、そこにはちゃんとした医学的な理由(エビデンス)が存在します。
今回は、臨床工学技士や看護師の皆さんが現場で自信を持って動けるように、置換液の使い分けから、副作用、そしてなぜ細胞外液補充液で希釈するのかという深い部分まで、丁寧に解説していきます。
目次
血漿交換(PE)における置換液の役割とは?
血漿交換(PE)は、患者さんの体内から「病気の原因物質」を含んだ血漿を分離して廃棄する治療法です。
その廃棄量は、一度の治療で約3,000mL〜4,000mLにも及びます。
これだけの量を捨てて、何も足さなければ、患者さんは急激な循環血液量減少性ショックを起こしてしまいます。そのため、「捨てた血漿と同じ量の、代わりとなる液体」を体に戻す必要があります。これが置換液です。
現在、臨床で使われる置換液は大きく分けて以下の2つです。
- アルブミン溶液(献血アルブミン製剤を希釈して作ったもの)
- 新鮮凍結血漿(FFP:Fresh Frozen Plasma)
これらをどのように使い分けるのか、詳しく見ていきましょう。
【徹底解説】アルブミン置換液の調製:なぜラクテック等と混ぜるのか?
アルブミンを置換液として使用する場合、日本では主に25%アルブミン製剤(50mL/瓶)を使用します。
しかし、25%という濃度は体内に入れるには濃すぎる(高張である)ため、これを他の輸液と混ぜて、生理的な濃度である「5%程度」に薄めて(希釈して)使用します。
このとき、「何で薄めるか?」が非常に重要です。
「とりあえず生理食塩液でいいのでは?」と思われがちですが、実は多くの施設で「乳酸リンゲル液(ラクテック等)」や「酢酸リンゲル液(ヴィーンF等)」が選ばれています。
これには、明確な医学的根拠があるのです。
1. 「高クロール性代謝性アシドーシス」を防ぐため
これが最大の理由です。
生理食塩液(0.9% NaCl)は、実は人間の体液バランスから見ると、少し極端な組成をしています。
- 生理食塩液のCl(クロール)濃度: 154 mEq/L
- ヒトの血漿のCl濃度: 約 100 mEq/L
生理食塩液のCl濃度は、人間の血漿よりも1.5倍ほど高いのです。
点滴で500mL入れる程度なら問題ありませんが、血漿交換では3L〜4Lもの大量の液体を入れ替えます。もし全て生理食塩液ベースで作ってしまうと、患者さんの体内に大量のCl(クロール)が負荷されることになります。
人間の体は、電気的なバランス(プラスイオンとマイナスイオンの釣り合い)を保とうとします。マイナスイオンであるClが増えすぎると、バランスを取るために、同じマイナスイオンであるHCO3-(重炭酸イオン)を減らそうとします。
HCO3-は体をアルカリ側に保つ重要な物質なので、これが減ると血液は酸性に傾いてしまいます。
これを「高クロール性代謝性アシドーシス」と呼びます。
より生理的なバランスに近い「細胞外液補充液(ラクテックなど)」を使うことで、このアシドーシスを予防することができるのです。
アルブミン希釈にリンゲルを使う理由(結論)
要点はシンプルです。
「アルブミンは生食ベースでClが多い。生食でさらに薄めて大量に入れるとClが過剰になり、アシドーシスが起きやすい。だからClが少ないリンゲルで薄める」というだけです。
参考文献:
Ritzenthaler T, et al. Hyperchloremic metabolic acidosis following plasma exchange. J Clin Apher. 2016. /
Kaplan LJ, et al. Acid–base abnormalities and strong ion difference. Crit Care. 2004. /
Semler MW, et al. Balanced Crystalloid Solutions. Am J Respir Crit Care Med. 2019.
アルブミン製剤は“生食ベース”でClが多い
市販のアルブミン製剤(4–5%など)は、もともと生食に近い組成で作られていてClが高めです。
つまり「アルブミン自体がCl多めの液」だと考えてください。
参考文献:Ritzenthaler T, et al. 2016.
生食で希釈してTPEで数L入ると、Cl過剰になりやすい
TPEは置換量が大きい治療です。アルブミンを生食で薄めた状態で何リットルも返すと、
「生食を大量に点滴したのと同じCl負荷」になります。
その結果、TPE後に高クロール性代謝性アシドーシス(生食大量投与で起きるタイプのアシドーシス)が出た症例報告があります。
参考文献:
Ritzenthaler T, et al. 2016. /Simon SSA, et al. Hyperchloremic metabolic acidosis after TPE. J Clin Apher. 2023/2024.
リンゲルはClが少なく、血漿に近いバランスなので崩れにくい
リンゲル(乳酸/酢酸リンゲルなどのbalanced液)は生食よりClが低く、電解質バランスが血漿に近いです。
Clを入れすぎない置換液に寄せるために、リンゲルで希釈するという位置づけです。
参考文献:
Kaplan LJ, et al. 2004. /Kohli R, et al. Replacement fluids in TPE. 2022. /Semler MW, et al. 2019.
もう少しだけ理屈を整理します。
高クロール性代謝性アシドーシスって何?
Clが増えすぎると、血液の酸塩基バランスを保つ仕組み(強イオン差)が下がり、
“重炭酸が減ったようなアシドーシス”になります。
生食を大量に入れた時に起きるアシドーシスと同じタイプです。
腎機能が弱い患者で起きやすい
参考文献:
Simon SSA, et al. 2023/2024.
Clや酸の処理は腎臓が担います。
もともと腎機能が落ちている患者だとCl過剰をさばききれずアシドーシスが目立つ、という整理です。
どのリンゲルを使う?
乳酸リンゲルでも酢酸リンゲルでも、目的は「生食よりCl負荷を減らすこと」です。
施設の標準液に合わせてOKです。
リンゲルのCaは“おまけ”なので、低Ca対策は別で考える
リンゲルにCaは入っていますが量は少ないので、
クエン酸負荷で低Caが心配な場合はCa製剤投与とイオン化Caモニタが重要です。
【実践】単純血漿交換における置換液調製手順(レシピ)
ここでは、単純血漿交換(PE / TPE)を行う際に用いる、アルブミン置換液の具体的な作り方を解説します。
本項目の調製方法は、血漿をすべて廃棄して入れ替える「単純血漿交換」のものです。
アルブミンを回収して戻す「二重濾過血漿交換(DFPP)」では、補充液の組成や必要量が全く異なりますので混同しないようご注意ください。
臨床現場では、3,000mL〜4,000mLという大量の置換液を効率よく準備する必要があります。
そのため、小分けにするのではなく、500mLの輸液製剤(細胞外液)をベースにして、そこにアルブミンを添加する方法が標準的です。
1. 基本レシピ:5%アルブミン溶液を作る場合
最も標準的な濃度は「5%」です。生理的な血清アルブミン濃度(約4.0g/dL)よりわずかに高めに設定し、膠質浸透圧を維持して血圧低下を防ぐ狙いがあります。
準備するもの(1セットあたり)
- 細胞外液補充液(500mL製剤): 1袋
(乳酸リンゲル液「ラクテック」や、酢酸リンゲル液「ヴィーンF」など) - 25%ヒト血清アルブミン製剤(50mL): 2瓶
(献血アルブミンなど)
調製手順(Remove & Add法)
単純に足すだけでは濃度が薄まってしまうため、「抜いてから、足す」のがポイントです。
- 抜く(Discard):
500mLの細胞外液バッグから、シリンジ等で100mLを抜き取り、廃棄します。
(バッグの中身は残り400mLになります) - 足す(Add):
そこに、25%アルブミン製剤を2瓶(合計100mL)注入します。 - 完成:
これで、総量500mL・濃度5%のアルブミン置換液が完成です。
【計算の根拠】
- アルブミン量: 1瓶12.5g × 2瓶 = 25g
- 総液量: 400mL(輸液)+ 100mL(製剤)= 500mL
- 最終濃度: 25g ÷ 5dL = 5% (w/v)
2. 応用:患者さんのAlb値に合わせた濃度調整
必ずしも全ての患者さんで「5%」が正解とは限りません。
医師の指示により、患者さんの治療前の血清アルブミン値と同程度の濃度(等張)に調整することもあります。
- もともと低アルブミン血症がない場合:
過剰な補充を避けるため、生理的な4%程度(1セットあたりのアルブミン量を減らす、またはベースの輸液量を増やす)で作成することがあります。 - 重度の低アルブミン血症がある場合:
あえて高めの5%〜で作成し、置換と同時にアルブミンの補充(補正)を狙うこともあります。
「マニュアル通り5%で作る」のではなく、「この患者さんの今のアルブミン値はいくつか?」「Drはどの濃度を狙っているか?」を確認してから調製にかかると、より安全で質の高い業務につながります。
【比較表】アルブミン製剤とFFPの決定的な違い
では、実際に「アルブミン」と「FFP」はどう違うのでしょうか。特徴を整理しました。
| 特徴 | アルブミン溶液 | 新鮮凍結血漿 (FFP) |
| 主な成分 | アルブミンのみ | アルブミン + 凝固因子 + 免疫グロブリン等 |
| 凝固因子 | なし | あり(全て含む) |
| 感染リスク | 極めて低い (加熱処理済み) |
ゼロではない (未知のウイルス等) |
| アレルギー | 少ない | 多い (蕁麻疹、TRALI等) |
| 副作用 | 凝固因子低下による出血 | クエン酸中毒、アレルギー反応 |
| 準備の手間 | 薬剤部での払い出し・混注作業 | 解凍に時間がかかる(約30分〜) |
なぜFFPはアレルギーが多い?
FFPは他人の血漿そのものです。そこにはドナー(献血者)の食べたものの成分や、ドナーが持っている抗体などが含まれています。それらが患者さんの体に入ったとき、アレルギー反応(蕁麻疹や発熱)や、稀に重篤な肺障害(TRALI)を引き起こすリスクがあります。
一方、アルブミン製剤は製造過程で加熱処理・精製されているため、感染症やアレルギーのリスクはFFPに比べて格段に低いです。
置換液の選び方・使い分けの基準
基本的には「副作用の少ないアルブミンを使いたいけれど、病態によってはFFPを使わざるを得ない」という考え方をします。
1. FFP(新鮮凍結血漿)が必須となるケース
「足りない成分」がアルブミンだけでは補えない場合です。
- 血栓性血小板減少性紫斑病 (TTP)
TTPは、ADAMTS13という酵素が働かなくなる病気です。この酵素はFFPの中にしか入っていません。アルブミンには含まれていないため、TTPの治療では必ずFFPを使用し、欠乏している酵素を補充します。 - 肝不全・肝移植後
肝臓が悪くて凝固因子を作れない患者さんの場合、アルブミン置換では出血が止まらなくなります。凝固因子を含むFFPが必要です。
2. アルブミン製剤が第一選択となるケース
凝固因子に問題がない場合は、安全性を優先してアルブミンを選びます。
- 神経・免疫疾患(ギラン・バレー症候群、重症筋無力症など)
- 皮膚疾患(天疱瘡など)
- 中毒(薬物中毒など)
これらの疾患では、病気の原因物質(自己抗体や薬物)を取り除くことが主目的であり、凝固因子を補充する必要がないためです。
置換液量の計算式と設定方法
置換液量は、患者さんの循環血漿量(PV:Plasma Volume)を計算して決定します。
計算式
まず、患者さんの体にどれくらい血漿があるかを計算します。
- 体重 × 1/13: これでおよその「循環血液量」が出ます。
- 1 – (Ht/100): 血液全体から赤血球などの成分(ヘマトクリット)を引いた割合、つまり「血漿の割合」です。
計算例:体重60kg、Ht 40% の場合
- 血液量の計算:
60 × (1 ÷ 13) ≒ 4.6 リットル - 血漿量の計算:
ヘマトクリットが40%なので、残りの60%(0.6)が血漿成分です。
4.6 × 0.6 ≒ 2.76 リットル
これがこの患者さんのPV(1.0 PV)です。
実際の設定量
通常、PVの 1.0倍 〜 1.3倍 の量を置換します。
上記の患者さんで1.3倍置換する場合:
2.76 × 1.3 ≒ 3.6 リットル
約3,600mLの置換液を準備することになります。
注意すべき副作用と観察ポイント
最後に、使用する置換液によって注意すべき副作用が異なります。治療中は以下のポイントに注目して観察しましょう。
アルブミン使用時
- 出血傾向に注意:
アルブミンには凝固因子が入っていません。治療が進むにつれて患者さんの体内の凝固因子も一緒に捨てられてしまい、血が止まりにくくなります(フィブリノゲン等の低下)。- 針を抜いた後の止血に時間がかかることがあります。
- もともと出血リスクが高い患者さんの場合、治療の最後の数単位だけFFPに変更して、凝固因子を補充して終了する方法をとることもあります。
FFP使用時
- アレルギーとクエン酸中毒:
アルブミンよりもアレルギー反応(発疹、痒み)が出やすいです。
また、FFPのバッグの中には保存液としてクエン酸があらかじめ含まれています。抗凝固剤としてのクエン酸に加えて、FFP由来のクエン酸も負荷されるため、低カルシウム血症(口の痺れ、気分の不快、血圧低下)が起きやすくなります。カルシウム製剤の補充を医師と相談しつつ、慎重に投与速度を管理しましょう。
まとめ
血漿交換の置換液選択は、単なるルーチンワークではありません。
- TTPならFFP一択(酵素補充のため)
- それ以外は安全性の高いアルブミンが基本
- アルブミン調製時は、アシドーシス予防のためにラクテック等を使う
この「なぜ?」を知っているだけで、医師への確認や、治療中のトラブル対応(血圧低下時の判断など)の質がグッと上がります。
ぜひ明日の臨床から、置換液のバッグ一本一本に込められた意味を意識してみてください。
参考文献
1. Connelly-Smith L, Alquist CR, et al. Guidelines on the Use of Therapeutic Apheresis in Clinical Practice – Evidence-Based Approach from the Writing Committee of the American Society for Apheresis: The Ninth Special Issue. J Clin Apher. 2023;38(2):77-278.
2. Kaplan AA. A simple and accurate method for prescribing plasma exchange. ASAIO Trans. 1990;36(3):M587-9.
3. O’Malley CM, Frumento RJ, et al. A randomized, double-blind comparison of lactated Ringer’s solution and 0.9% NaCl during renal transplantation. Anesth Analg. 2005;100(5):1518-24.