抗菌薬は「必要なときに、適切に」使います。現場では、開始のタイミング、点滴時間(速度)、配合可否(Yサイト)、副作用の早期発見、48〜72時間の見直し(デエスカレーション)を一つの流れで回すことが大切です。新人の方が当直や病棟で迷わないよう、手順と根拠を実臨床目線で整理しました。
目次
初期対応:投与開始のタイミングと培養採取
敗血症性ショックが疑われるときは、認識後できるだけ早く、目安として1時間以内に抗菌薬を開始します。ショックがなく「敗血症の可能性がある」段階でも、評価・鑑別を進めつつ3時間以内に開始可否を判断します。培養(血液2セット+感染巣)は可能な範囲で投与前に採取し、後の狭域化(デエスカレーション)の土台にします。
参考文献:Surviving Sepsis Campaign 2021
抗菌薬の選択:臓器 × 推定菌 × 重症度で組み立てます
初期は臓器(感染部位)・推定菌・重症度で経験的(エンピリック)にカバーし、培養と臨床反応で不要なカバーを外していきます。βラクタムを軸に、抗MRSA薬や抗緑膿菌薬の上乗せは必要性を吟味します。セフェムは世代やセファマイシン系で嫌気性カバーが異なり、腸球菌には無効など、クラスごとの「通る/通らない」を押さえておくと迷いにくいです。
参考文献:内科 2018;122(1)「抗菌薬のスペクトラムをあらためて整理する」/総合診療 2019;56(7)「抗菌薬適正使用の基本的な考え方」
スペクトラムを最短で確認するコツ
まず陽性(ブドウ球菌・連鎖球菌・腸球菌)、陰性(腸内細菌・緑膿菌)、嫌気性、非定型の順にチェックします。次にβラクタムをベースにし、必要に応じてMRSAや緑膿菌のカバーを追加します。これだけで初期選択の迷いが大きく減ります。
参考文献:内科 2018;122(1) 特集(スペクトラム整理)
点滴設計の基本:時間依存と濃度依存
βラクタム系は時間依存(fT>MIC)です。初回負荷後は30〜60分が基本ですが、重症例では延長投与(例:3時間前後)や持続投与で目標達成を後押しします。一方、アミノグリコシドや一部のキノロンは濃度依存(Cmax/MIC や AUC/MIC)で評価します。ICUでは延長・持続投与やAUC指標の活用が近年強調されています。
参考文献:INTENSIVIST 2025;17(2)「ICUにおける抗菌薬 new era strategy」
点滴速度の計算(式は体で覚えます)
mL/h = 総投与量(mL) ÷ 投与時間(h)、gtt/min = (mL/h × 滴下係数[滴/mL]) ÷ 60 です。例えば100 mLを30分で投与する場合は 100 ÷ 0.5 = 200 mL/h、滴下係数20滴/mLなら 200×20÷60 ≈ 67 gtt/min です。
最小投与時間(外さないライン)
レボフロキサシン静注は500 mgを60分以上(750 mgは90分以上)、アジスロマイシン静注は500 mgを2時間で投与します。バンコマイシンは1 gあたり60分以上で、速すぎると赤色人症候群を来します。セフトリアキソンは通常30分以上を基本とし、クリンダマイシンは循環抑制リスクに配慮してゆっくり投与します。
参考文献:感染と抗菌薬 2017;20(3) 市中肺炎特集(FQ/AZMの投与時間)/内科 2022;129(2)「抗菌薬使用時に医師に知っておいてほしいこと」
バンコマイシンのAUC目標(新人向けの入口)
バンコマイシンはAUC/MICで有効性と腎安全性のバランスを取ります。実臨床ではMIC=1 mg/Lを仮置きしてAUC 400〜600 mg・h/Lを目標にします。トラフ単独よりAUC指標が主流で、ベイズ推定や二点採血から推定し、腎機能や炎症の変化に合わせて用量・投与間隔を調整します。
参考文献:Therapeutic Monitoring of Vancomycin for Serious MRSA Infections(ASHP/IDSA/PIDS/SIDP 2020)
配合と相互作用(Yサイト):迷ったら「別ルート+フラッシュ」です
配合可否は薬の組み合わせ・濃度・pHで変わります。不明な組み合わせは同時投与を避け、ラインを分けるか、前後で十分にフラッシュします。新生児ではセフトリアキソン×カルシウムの同経路同時投与で析出報告があり、成人でも同ライン同時は避けます。
参考文献:Ceftriaxone Injection(FDA Prescribing Information)
コンボ時の腎安全性(T/P+VCM)
タゾバクタム/ピペラシリン(T/P)とバンコマイシンの併用はAKIリスク上昇の指摘があります。代替βラクタムの検討、併用期間の短縮、AUCモニタリング、毎シフトの尿量・Cr追跡で早めの気づきを得ることが重要です。
参考文献:INTENSIVIST 2025;17(2)「ICUにおける抗菌薬 new era strategy」
副作用の早期発見:何を、どう診るか
腎障害はアミノグリコシドとバンコマイシンで注意が必要です。敗血症や周術期では分布容積やクリアランスの揺れで濃度が変動しやすいため、尿量やクレアチニンだけでなく、浮腫、昇圧薬や輸液量といった周辺情報も合わせて追いかけます。耳毒性はアミノグリコシドや高濃度のバンコマイシンで生じやすく、耳鳴り、難聴、めまいの訴えがあれば中止やTDM再評価につなげます。キノロンはQT延長のリスクがあり、電解質異常や併用薬にも注意します。クリンダマイシン使用中の新規下痢はC. difficile感染を疑い、隔離と検査導線を意識します。
参考文献:Clostridioides difficile 感染症診療ガイドライン 2022/内科 2022;129(2)「抗菌薬使用時に医師に知っておいてほしいこと」
代表的な投与時間と配合の要点(成人一般)
※小児・新生児・妊娠/授乳・腎/肝障害では条件が異なります。必ず最新の添付文書と院内プロトコールを優先してください。
| 薬剤 | 最小投与時間(目安) | 要点 | 臨床メモ |
|---|---|---|---|
| レボフロキサシン | 500 mgは60分以上(750 mgは90分以上) | 濃度依存。QT延長に注意。 | 市中肺炎での濫用回避も意識します。 |
| アジスロマイシン静注 | 500 mgは2時間 | 血管痛・血栓性静脈炎に注意。 | 末梢ラインでは希釈と速度を丁寧に。 |
| バンコマイシン | 1 gあたり60分以上 | AUC 400–600で設計。赤色人症候群は速度調整。 | ベイズ/二点採血でAUC推定を行います。 |
| セフトリアキソン | 通常30分以上 | 新生児でCa同時・近接投与は禁忌級。 | 成人でも同ライン同時は避け、十分にフラッシュします。 |
| タゾバクタム/ピペラシリン(T/P) | 30〜60分(重症で延長投与あり) | VCM併用のAKIに注意。 | 代替βラクタム検討、併用期間短縮、腎モニタ強化。 |
| クリンダマイシン | ゆっくり投与 | CDI含む下痢に注意。 | 急速投与は避け、循環抑制に留意します。 |
参考文献:Surviving Sepsis Campaign 2021/Ceftriaxone(FDA Prescribing Information)/Vancomycin TDMコンセンサス 2020
48〜72時間レビュー(デエスカレーション/IV→PO)
培養同定と臨床反応を踏まえ、広域から狭域へ、静注から内服へ切り替えます。これはアウトカムを損なわずに耐性化と有害事象を減らす取り組みで、AST(抗菌薬適正使用支援)の中心にある考え方です。申し送りでは「減らす・替える・止める」を毎日確認できるよう、バイタル、検査、画像、副作用を並べて共有します。
参考文献:総合診療 2019;56(7)「抗菌薬適正使用の基本的な考え方」