最初に結論
- 肝性脳症では、アンモニアの迅速低下と覚醒の確保を最優先にします。
- 循環が安定していればOHDFで「拡散+濾過」を短時間に確保し、不安定ならCHDFで持続的に管理します。
- 腸管対策(ラクツロース/リファキシミン等)と並行し、誘因(感染・便秘・電解質異常など)を素早く除去します。
肝性脳症は、腸でのアンモニア産生が増えたり、肝臓での解毒が追いつかなかったり、門脈‐体循環シャント等で未処理のアンモニアが全身へ回ることなどが重なって起こります。この記事では、HD、オンライン血液透析濾過(OHDF)、持続的血液濾過透析(CHDF)の使い分けと、具体的なOHDF設定例をまとめます。
目次
肝性脳症はなぜ起こる?(新人看護師向け)
流れは「産生 → 処理できない → 脳が反応する → 誘因で悪化」です。腸で産生されたアンモニアが肝臓で十分に処理されず血中に増え、脳の支持細胞(アストロサイト)に負担がかかることで意識障害が生じます。感染や便秘、電解質異常などが重なると、同じアンモニア濃度でも症状が強く出やすくなります。
参考文献
EASL . Hepatic Encephalopathy Guideline . Journal of Hepatology , 2022
アンモニアが増える仕組み(産生・循環・処理)
- 産生:腸内細菌がたんぱく質や尿素を分解してアンモニアを産生します。消化管出血や便秘があると腸内での産生が増えます。
- 循環:通常は門脈の血液が肝臓で解毒されますが、門脈‐体循環シャントやTIPSがあると、門脈血の一部が肝臓を経由せず大静脈側へ回り、未処理のアンモニアがそのまま体循環へ流れ込みやすくなります。
- 処理:肝不全では尿素回路が低下し、血中アンモニアが上昇します。骨格筋はグルタミン合成酵素でアンモニアをグルタミンに変えて「代替解毒」を担いますが、サルコペニアでは筋量・酵素活性が低下してこのバッファ能力が落ちます。さらに高アンモニア自体が筋タンパク分解を促し、サルコペニアが進む悪循環が生じます。
脳で何が起こるか(アストロサイトのむくみと代謝ストレス)
- アストロサイトはアンモニアをグルタミンに変えて抱え込みます。増えたグルタミンはミトコンドリア内で再びアンモニアを生じ、pH変化や浸透圧ストレスを引き起こします。これがミトコンドリア透過性遷移(mPT)の誘発、酸化/ニトロ化ストレス増大、ATP産生低下につながり、結果として神経の情報伝達が乱れます。
- このミトコンドリア機能障害には、アンモニア負荷そのものに加えて、感染に伴う一酸化窒素(NO)の増加や微小循環障害も関与すると考えられています。
参考文献
Lu K . Cellular Pathogenesis of Hepatic Encephalopathy . Biomedicines , 2023
悪化させる誘因(取り除けるものを素早く取る)
- 感染、便秘、消化管出血、脱水。
- 電解質・酸塩基異常:低カリウム血症や代謝性アルカローシスはアンモニアの産生・取り込みを増やしやすいです。
- 薬剤:ベンゾジアゼピンなどの鎮静薬、利尿薬の過量など。
対応の基本は、「作らせない(ラクツロースで1日2〜3回の排便、必要に応じてリファキシミン、感染治療)」と「出す(HD/OHDF、循環不安定ならCHDF)」を同時に進めることです。
参考文献
EASL . Hepatic Encephalopathy Guideline . Journal of Hepatology , 2022
アンモニア除去の考え方:RRTで何をどこまで狙うか
拡散と濾過の役割
拡散によって小分子が急速に除去され、濾過によってやや大きめの分子量のものが除去できます。急速に下げたい時は高効率のHDやOHDFを、再上昇が速い・循環が不安定な場合はCHDFを軸にします。
参考文献
Davenport A . Ammonia clearance with intermittent HD vs CRRT . Liver International , 2013
Al-Qahtani S . Ammonia Clearance with Different Continuous Renal Replacement Techniques . Blood Purification , 2022
どのくらい下げるか(脳浮腫リスクを見ながら)
急性肝不全(ALF)や急性慢性肝不全(ACLF)では、初期48時間に十分な除去強度を確保してアンモニアを迅速に低下させます。移植待機中は覚醒維持と頭蓋内圧(ICP)管理を最優先に運用します。
参考文献
Neyra JA . High-intensity CRRT in Acute Liver Failure . Critical Care , 2024
OHDFの位置づけ
なぜOHDFか(拡散+濾過の同時確保)
OHDFは拡散と濾過を同時に確保でき、小分子の迅速低下と、結合が弱い領域までのカバーを短時間で狙えます。覚醒という臨床アウトカムを見ながら、施行回数や間隔を調整します。
参考文献
井上和明ほか . On-line HDFを急性肝不全の患者に施行する際の診療ガイド . 肝臓 , 2020
他モダリティとの比較(HD/CHDF)
HDは小分子の即効性、CHDFは持続管理に強みがあります。症例の重症度、循環動態、移植待機の有無で優先順位を決めます。
参考文献
Davenport A . Liver International , 2013
透析モダリティの使い分け(急性肝不全(ALF)/急性慢性肝不全(ACLF)/CKD合併)
急性肝不全(ALF)での初期戦略
循環が安定していればOHDFで急速に下げ、安定しない場合や再上昇が速い場合はCHDFを軸にします。凝固異常が強ければPEの併用を早期に検討します。
急性慢性肝不全(ACLF)・CKD合併
急性慢性肝不全(ACLF)では炎症と多臓器障害が前面に出るため、CHDFで持続的に管理しつつ、意識や凝固・胆汁系の改善を見てモダリティを切り替えます。CKD合併では維持HD/HDFを基盤に一時的強化を重ねます。
参考文献
井上和明ほか . 肝臓 , 2020
OHDFの実際(設定の考え方と具体例)
| No. | ソース | モダリティ | QB (mL/min) | QD (mL/min) | QS/QF (mL/min) | 1回治療時間 | 置換総量/回(目安) | 備考 | 出典 | 
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Ⅰ | 診療ガイド | 前希釈OHDF | ― | 450(他:300/350) | 250(他:200/350) | ― | ― | 同一ソース内で示された代表的な配分例(施設例:昭和・千葉・横浜市大)。目的に応じてQDとQSの配分を調整。 | 肝臓 2020;61:47–60 | 
| Ⅱ | 横浜市立大学(原著 2012) | 前希釈OHDF | 350 | 350 | 350 | 6時間未満 | 約120 L(到達可能量) | 「一般的HDF 30–40 Lに対し、短時間で120 Lが可能」と記載。 | 肝臓 2012;53:7–17 | 
| Ⅲ | 横浜市立大学(症例シリーズ 2010) | 前希釈OHDF | 300~350 | 350–400(実質) | 300–350 | ― | ― | 回復後は施行時間2/3→隔日へ短縮の運用を記載。 | BMC Emergency Medicine 2010 | 
| Ⅳ | 多施設研究(2019) | HF-CHDF/OHDF | ― | 500/300(HFCHDF) | ― | ― | ― | QD増量で覚醒率改善、OHDFでさらに高率を示唆。 | Hepatology Research 2019(抄録) | 
| Ⅴ | 全国アンケート(2012) | HFCHDF または OHDF | ― | ― | ― | ― | ― | 高流量HDF(HFCHDF/OHDF)を23施設が実施と集計。 | 肝臓 2012;53:530–533 | 
| Ⅵ | 個人用オンラインCHDF(開発レポート) | 前希釈CHDF | ― | 80–180(可変) | 20–120(可変) | 22時間 | 透析液+置換液 合計264 L / 22h | ICUベッドサイドでのオンラインCHDF想定。 | 厚労科研 報告PDF | 
なぜOHDFは肝性脳症の「覚醒」に効きやすいか(新人看護師向け)
ポイントは「速く下げる・十分に下げる・上がりにくくする」を短時間で実現できることです。OHDFは拡散と濾過を同時に用いて、アンモニアなどの毒素を下げ、意識の立ち上がり=覚醒につなげます。
① 小分子(アンモニア)を短時間で一気に下げられる
- OHDFは拡散をしっかり効かせられるため、アンモニアのような小分子を短時間で低下させやすい(血液流量300〜350 mL/分、実質透析液流量350〜400 mL/分のレンジ運用)。
- 初回の治療時間は「血液流量×時間=体内総水分量(体重×0.6)の3倍」を目安に計算する運用が報告されている(体重70kgなら約6〜7時間)。
- 急性肝不全の症例シリーズでは、17例中16例で平均約5回のOHDF後に意識回復が得られ、その後も覚醒が維持された。
② 濾過で「やや大きめ」の毒素も同時に下げ、脳の負担を減らす
- 濾過を加えると、純粋なHDだけでは下がりにくい「やや大きめ」の分子も低下させやすい。脳の支持細胞(アストロサイト)を刺激しやすい物質群を幅広く減らし、神経炎症や代謝ストレスの悪循環を断ち切りやすくなる。
- 病態としては、アンモニア過剰がアストロサイト内のグルタミン蓄積を招き、ミトコンドリアでの再放出に伴うpH・浸透圧ストレス、ミトコンドリア透過性遷移(mPT)誘発、酸化・ニトロ化ストレス増大、ATP低下を通じて情報伝達が乱れる。負荷となる物質を広く減らすこと自体が覚醒の後押しになる。
参考文献:Lu K. Cellular Pathogenesis of Hepatic Encephalopathy. Biomedicines, 2023/Rose CF. Hepatic encephalopathy: pathophysiology and therapy. Journal of Hepatology, 2020
③ 「量」と「頻度」を確保しやすい(6〜7時間×複数回)
- 前希釈・高流量のOHDFでは、1回あたり約6〜7時間で置換120 Lに到達可能と報告されており、短時間でも高い処理量を稼ぎやすい(日中帯で組みやすい)。
- 複数回を重ねることで再上昇しにくい状態を作り、覚醒の維持に寄与する(再上昇しやすい時期は連日、落ち着いたら間隔を調整)。
参考文献:急性肝不全に対するon-line hemodiafiltrationを用いた人工肝補助療法の確立. 肝臓, 2012
併用内科治療(「出しながら、作らせない」)
ラクツロースの使い方(新人向け)
- 目的:腸内pHを下げ、アンモニアをイオン化して吸収させにくくし、排便を促す。
- 目標:1日2〜3回の軟便。便が出ていない・硬い場合は投与量を段階的に増やす。水様便が続く場合は減量し、電解質異常・脱水に注意。
- 実務:嚥下機能や誤嚥リスクを確認。経管中はチューブ閉塞に注意して十分にフラッシュ。腹痛・鼓腸・悪心の副作用観察。
参考文献
EASL . Hepatic Encephalopathy Guideline . Journal of Hepatology , 2022
リファキシミン・たんぱく管理・亜鉛の位置づけ
- リファキシミン:再発予防に有効。ラクツロースでコントロール不十分・入退院を繰り返す例で追加を検討。用法は添付文書と院内プロトコールに従う。
- たんぱく:極端な制限は推奨されない。急性増悪期は一時的に調整しても、落ち着いたら適正量へ戻す。植物性たんぱくや分岐鎖アミノ酸(BCAA)を活用。
- 亜鉛:低亜鉛血症では補充を検討(尿素回路・アンモニア代謝の補助)。
参考文献
EASL . Hepatic Encephalopathy Guideline . Journal of Hepatology , 2022
看護の観察ポイント(毎シフト)
- 意識レベル(GCS/West Haven)、入眠・覚醒パターン、羽ばたき振戦の有無。
- 排便回数・性状、腹満、食事摂取量。嘔気・誤嚥の兆候。
- バイタル・尿量、電解質(Na/K)、アンモニアの推移。感染徴候(発熱・白血球・培養結果)。
- 薬剤の変更(鎮静薬・利尿薬など)とイベント(出血、便秘、脱水)を時系列で記録。
参考文献
EASL . Hepatic Encephalopathy Guideline . Journal of Hepatology , 2022
モニタリングと治療目標
アンモニア、意識レベル(GCS/West Haven)、PT-INR、ビリルビン、尿量をトレンドで評価し、覚醒の有無を最重要アウトカムにします。低下が鈍い場合はOHDFの設定強化やCHDFへの切替、必要に応じPE併用を検討します。
参考文献
Arata S ほか . BMC Emergency Medicine , 2010
アウトカムの要点
OHDFや高強度CHDFは短期の覚醒や移植ブリッジに寄与し得ますが、無作為化試験は限定的で施設差があります。症例ごとに組み合わせとタイミングを最適化することが重要です。
参考文献
Fujiwara K ほか . Hepatology Research , 2019
井上和明ほか . 肝臓 , 2020